食べ物のはなし

　中華そば（ラーメン）は日本人の好きな料理の一つである。
　私が中華そばを食べるようになったのは、四十数年前の中学生の頃だった。その頃値段は３０円だった。当時はまだ珍しく、一度食べてみたいと思ったが、値段が高すぎて我慢をしなければならなかった。
　だがある時、中華そばが２０円の店を見つけた。その店は親戚が住んでいた東京の砂町にあった。
　私は当時錦糸町に住んでいて、時々都電に乗って砂町に行っていたが、その２０円の店を見つけてからは、砂町に行くと中華そばを食べるようになった。もちろんそのために行ったのではないが、そこに行った時に中華そばを食べるのが私の楽しみになった。
　「フー、フー」と息をかけ、「ツルツルツル」とすする。多分具などほとんどなかったと思うが、それはおいしかった。おつゆも全部飲んだ。
　それからおよそ四十数年が経過し、今では何でも食べられる時代になった。何でも食べられるから、何を食べようかと迷うようになった。もちろん無性に中華そばが食べたくなることもある。しかし今ではもう、安い中華そばを求めて電車に乗ることはない。それは最も安い食べ物の一つになっているし、それを食べるに十分なお金が、今の私にはある。
　私は好きな時に中華そばを食べられるようになった。しかし、いや、だから、もう私には２０円の中華そばを求めていた四十数年前の時のような楽しみはない。