食べ物のはなし

　納豆は醗酵させた大豆から作る。　それは、初めて食べる人にとっては奇妙な食べ物である。ねばねばしていて口にくっつき、食べにくい。これは、日本独特の変わった食べ物のひとつである。
　しかし、多くの人がこの納豆を好んで食べる。そして、私もまたそのひとりである。ただ、私がそれをよく食べるようになったのには訳があった。
　小学生の時のこと、先生が納豆は安くて栄養があると言ったのだ。このことは貧しかった私達には重要なことであった。私は納豆を度々、しかも真剣に食べたのである。
　結婚したばかりの頃にこんなことがあった。
　妻が食事の支度をし、そこに納豆が出されたのである。だが、納豆で育ったようなところのある私には、それはあまりに少なすぎた。しかしその当時は、私達はまだお互いに遠慮していたので、少なすぎる、とは言えなかった。
　私は黙って納豆を食べ、妻は黙って私を見ていた。
　後で知ったのであるが、彼女はなぜ私がひとりでみんな食べてしまうのかと思ったようだった。彼女は二人分の納豆を出したのである。
　幸いなことに、その時このことで喧嘩にはならなかった。
　それから３０年。今では互いの遠慮もなくなって、私は子供の頃のように思う存分納豆を食べている。妻のうるさすぎるおしゃべりを聞きながら。