食べ物のはなし

　いつの頃からか、朝食にパンを食べるようになった。ご飯に比べると軽い感じで、まだ胃の活動が活発でない時にはそれが合っているようである。通常は食パンにバターで、それに卵とトマト、果物が付く。牛乳とコーヒーも飲む。
　ホテルの朝食のようだが、ある時期これに少し変化が生じる。イチゴジャムがバターに取って代わるのである。
　イチゴの季節が終わってそれが安くなった頃、やや傷んだイチゴがわが家に運び込まれる。妻がジャム用に買ってくるのだ。
　イチゴジャムの作り方は、それほど難しくはない。ただ長時間煮込まなければならないので、それに耐える根気が必要である。味付けは砂糖で、煮込み加減も重要である。
　ジャムを煮込んでいる間、家中に甘酸っぱいイチゴジャムの匂いが充満する。決して心地よい香りではない。爽やかとか、ほのかなとは逆の、ねっとりと濃密な匂いである。まさに「ジャム」という感じである。
　翌日、そのイチゴジャムが、何かの空きビンに入って食卓に出てくる。ジャム用にとっておいたのであろう。それなりのビンにジャムがおさまっている。
　「食べてみて」
　妻に促されてビンの蓋を開ける。イチゴの塊をいくらかとどめた赤いジャムが顔を見せる。それをスプーンで取り、食パンに塗る。
　「どう」
　「うん、おいしい」
　「よかった」
　彼女の顔がほころぶ。それを見て、私が言う。
　「これを食べたら、もう買ったジャムは食べられないね」
　そうして翌年も、家中に甘酸っぱいイチゴジャムの匂いが充満するのである。