食べ物のはなし

　醤油で味付けした汁に、小麦粉で練った団子を入れたもの、それが「すいとん」である。簡素にして簡明。他には何も入っていない。
　そんなすいとんを子供の頃よく食べた。味の決め手は汁で、それが小麦粉の団子にしみ込んで、ほのかに味をつけていた。
　汁を一口飲み、団子を食べる。固くもなく軟らかくもない歯ごたえが、食を進める。淡白な味の団子と、やや醤油の効いた汁が互いを引き立てる。ご飯はなくてもいい。おかずがなくても大丈夫だ。
　それをかなり年長になってまで食べていたように思う。しかしその存在は次第に小さくなっていった。おかずの量が、種類が増え、簡素さが身上のすいとんの出番が失われていった。
　結婚してからは一度も食べていない。
　しかしまたいつかそれを食べる時がやってくるかもしれない。色々な具を入れたうどんが出来ても、素うどんが無くならないように、中華そばはチャーシューとねぎだけのラーメンがいいというように、そしてそれを食べるのが「通」だと言われるように、「通はすいとんをこそ食す」ということになるかもしれない。そんな時はきっとわが家でもそれが食卓に出てくることになるのだろう。
　凝り性の妻のことだから、毎日がすいとんとなり、しかもこれこそが神髄だと、すいとんのみの日々が続くかもしれない。