食べ物のはなし

　子供のころ、アイスクリームは特別だった。高かったせいか、近所の駄菓子屋では見かけなかったように思う。普段はもっぱら安いアイスキャンディーを買って食べた。
　ただ、唯一アイスクリームを食べられる時があった。
　私は当時、東京の下町に住んでいて、学校が夏休みになると母の実家のある千葉に遊びに行っていた。総武線に乗り、千葉駅で乗り換え、それから八日市場回り銚子行きの汽車に乗る。当時はまだ蒸気機関車が引っ張っていて、車両も木製の部分が多かった。
　汽車が佐倉に到着する。すると、「弁当、弁当」「アイスクリーム、アイスクリーム」という掛け声が聞こえてくる。今はほとんど見ることがなくなったが、弁当やアイスクリームを売る人達で、それらを入れた箱を、丁度絵を描くときの画板のように、肩から帯で吊ってホームを歩いてくる。汽車の窓から沢山の顔が出てくる。私の母親も決まって顔を出し、アイスクリームを買った。
　私はこの時が楽しみだった。底の方がややすぼまった背の低い円筒形の容器の蓋を開けると、中からややクリーム色がかった白いアイスクリームが顔を出す。それを付属の小さなスプーンですくって口に運ぶ。
　「おいしい！」
　固くて軟らかい、甘く冷たいアイスクリームが口の中に広がる。
　私は今でもアイスクリームが好きである。評判の「レディーボーデン」や「ハーゲンダッツ」を食べることもある。しかし、あの「佐倉のアイスクリーム」を越える感激を味わうことはできないのである。