騒がしく蝉が鳴いていた。少年は網を持って、そっと太い木の方に近づいていった。
　お目当ては透明な羽のミンミンゼミだった。ツクツクホウシやヒグラシも羽が透明だったが、ミンミンゼミが一番体が大きく、見栄えがした。ジージーと鳴く油蝉は、羽が油紙のような茶色をしていて美しく思えなかった。
　足音がしないように注意深く少年は近寄っていった。羽の透明なミンミンゼミが木の幹の高いところに止まっていた。周囲には墓石や卒塔婆が並んでいて、その一角は彼のおじいさんの眠る墓だった。
　そこは彼の遊び場だった。家の目の前にあり、夏はそこで時間を過ごすことが多かった。蝉取りもしたが、枝ぶりのよい木に登って遊んだりもした。その木にアオダイショウが太く長い体をくねらせているのに出くわすこともあった。昆虫や虫は沢山いて、薮蚊に喰われるのは当たり前だった。
　そこでは少年はいつも一人だった。友だちがいないわけではなかったが、一人がよかった。木が生い茂り、奥の方はうっそうとしていたが、入口付近は明るかった。土葬のお墓で燐が燃えて青い火を出しているという話を聞くこともあったが、気味が悪いとか、怖いという感覚はなかった。
　寺のない墓地だったので人が来ることもなく、そこは彼専用の遊び場だった。誰も来なかったが、夏は賑やかだった。ジージーと油蝉が鳴き、夏の盛りには、ミーンミーンミーンとミンミンゼミが声を張り上げた。中盤から後半にかけてはオーシンツクツク・オーシンツクツクとツクツクホウシが加わり、夏の終りの夕暮れにはカナカナカナカナとヒグラシが鳴いた。
　ヒグラシの声は悲しかった。暑かった夏が終り、一日が終わる。その終りを惜しむように、物悲しげにカナカナカナとなく。夕暮れの野に山にその声が響く。辛いことがあったときは尚更だが、何もなくてもそれだけで悲しく、寂しくなった。
　しかし今は夏の盛りで、賑やかにミンミンゼミが鳴いている。それを捉えようと、少年は網を構えている。
　「えい」
　網をかぶせた。しかし蝉はジッと声を発して飛び立ってしまった。彼は残念そうに空を見上げ、気を取り直して別の木へと目を移した。