哀しみは映画と共に

　「何とかして」
　妻が姪に頼んでいる。
　「どこかで売れない」
　私の絵が話題になっていた。
　「家の中がゴミの山になって困っているの。処分するところない？」
　姪は横浜で古着の販売を行っていて、インターネットなどで展示や販売場所についての情報を得ていた。
　「調べてみる」
　姪は伯母の頼みに無下には断れず、そう答えた。
　アメリカの映画に「五線譜のラブレター」というのがあった。１９２０年代からの四十年間を通して活躍した音楽家コール・ポーターの足跡を、彼を支えた女性、リンダ・リーとの愛に焦点を当てて描いた映画である。
　友人に誘われ、パリの社交界のパーティーに出席したポーターは、「パリで最も美しい離婚女性」と評判のリンダと顔を合わせる。二人は恋に落ち、交際を始めるが、間もなく彼は同性愛を彼女に告白する。しかし彼の音楽の才能と優しさに惹かれた彼女は、それを少しも気に止めず、一緒に夢をかなえましょうと言う。その言葉に、彼は彼女との結婚を決意する。
　二人は結婚式を挙げたあとヴェネチアに移り、新婚生活を始める。作曲活動が思うにまかせない彼は、男性バレエ・ダンサーとの情事でそれを埋める。そんな時、彼のところにアメリカから人気作曲家が現れる。リンダが招いたのだった。作曲家はポーターの才能に驚き、ブロードウェイ・ミュージカルへの仕事を紹介する。「自信がない」とためらうポーターをリンダが励まし、彼はニューヨークで大成功を収める。売れっ子音楽家の仲間入りを果たした彼は、その後も演出家と組んでヒット作を連発する。多忙となった彼はリンダを顧みなくなる。その彼女が流産し、それを知った彼は彼女への愛を再確認する。そしてかねてから誘いのあったハリウッドに移住する。
　そこでポーターはミュージカル映画に多くの曲を提供する。しかし甘いラブ・ソングばかりの仕事に不満が募り、彼は享楽の道に堕ち、恐喝される騒ぎまで引き起こす。それに愛想をつかしたリンダは彼の元を去り、パリに戻る。
　それからしばらくして彼は落馬事故を起こし、両足を骨折する。知らせを聞いて駆けつけたリンダに、医者は両足の切断を勧める。しかしそれでは彼は仕事ができなくなり、生きる意味も失うと彼女は反対する。彼女は彼を生涯支えていこうと決意する。
　手術を繰り返し、彼はどうにかピアノのペダルが踏めるようになる。そしてその中から、彼の最大のヒット作が生まれる。だがその初演の日、彼女は肺病で床に就いていた。
　間もなく息を引き取ろうとするリンダに、「僕の歌はすべて君の歌だった」と語るポーター。「あなたを心から愛したわ」と彼女も言葉を返す。
　リンダを失い、彼は曲を書く気力を失った。足を切断し、そして作曲をすることもなくなった。
　映画の中で、彼の代表曲が随所で歌われた。その全てがリンダと結びついていた。

　「僕からもお願いする」
　私も姪に頼んだ。家のほぼ二部屋を絵で占領し、肩身の狭い思いをしていた。「こんなにゴミ作ってどうするの」と言われ続け、最近ではなるべく小さな絵を描くようにしていたが、それも限界だった。映画のように、
　「僕の絵はすべて君の絵だ」
　と言っても、
　「いらない」
　と言われるだけだった。
　何とかしなければならなかった。

　２００４年　アメリカ・イギリス合作映画
　監督　アーウィン・ウィンクラー