哀しみは映画と共に

　慣れないジャズの曲に取り組んでいた。ＣＤ付の楽譜を買い、一番弾きやすそうなものを選び、ピアノに向かう。ほとんど曲にならないのだが、楽譜とにらめっこをし、同じところを何度も繰り返す。
　ドイツの映画に「スウィング・キッズ」というのがあった。スウィング・ジャズを愛した若者たちを描いたものである。
　１９３９年、ドイツのハンブルグ。ダンスホールで若者たちがスウィング・ジャズを踊っている。そこに仲の良い三人もいる。彼らはスウィング・キッズと呼ばれ、長髪をかきあげ、ツイードのジャケットを着、ステッキの代わりに長い傘を持って英国紳士風を気取っている。街ではナチスが統制を強めていたが、彼らはゲシュタポ予備軍のナチス青少年団（ヒトラー・ユーゲント）と反目し、音楽に熱中し、自由を謳歌していた。
　仲の良い三人は、書店で配達のアルバイトをしているエンジニア志望、裕福な医師の息子、それに脚が不自由なギタリストである。
　ある日、エンジニア志望の青年のところで、母親が地区リーダーに因縁をつけられ、暴力を振るわれる。怒った青年が地区リーダーに殴りかかろうとすると、そこにいたゲシュタポがその場を収める。そのゲシュタポは、青年の父親の、生前の仲間の消息を探りにきたのであった。彼は紳士らしく振る舞い、その母親の信頼を得る。彼女の夫はヴァイオリニストだったが、ユダヤ人を擁護したため収容所に入れられ、釈放後、廃人同然となって病死したのだった。それ以降、彼女は夫の仲間との交際を断っていた。
　その後、その青年はつまらぬことで警察沙汰になり、先のゲシュタポに助けられたことから、ヒトラー・ユーゲントに入団する羽目になる。それを母親は喜ぶ。医師の息子も友情のため入団。彼らは髪を切り、ヒトラー・ユーゲントの制服を着る。しかし夜はスウィング・キッズとなって踊る。そんな時、脚の不自由なギタリストがヒトラー・ユーゲントの一団に絡まれ、指を潰される。ギタリストの親友はそれに憤るが、逆にギタリストは彼らのヒトラー・ユーゲント入団を非難する。
　スウィングへの締め付けが厳しくなり、ダンスホールは閉鎖され、スウィング禁止の貼り紙が出される。
　エンジニア志望の青年は、アルバイト先の書店主が反ナチ活動家であることを掴むが、配達先の夫人から偶然父親の話を聞かされる。彼女の死んだ夫は父親の教え子で、青年はそこで信念を貫いた父親のことを知る。彼は動揺し、掴んだ証拠を闇に葬る。一方、医師の息子は日頃折り合いの悪かった自分の父親をも密告する。
　ケガを克服したギタリストは再び演奏を始める。しかしナチスを徹底して憎む彼は、将校からのリクエストを拒絶する。その彼を非難するかつての親友。友情は壊れ、ギタリストは自ら命を断つ。
　青年に任務が下される。収容所へ送られたユダヤ人留守家庭に小包を届けるのだ。彼が届けに行くと、それを受け取った家族が悲痛な声を上げる。包みの中身は遺灰と結婚指輪だった。彼は恐ろしくなって、夫が父の教え子だったという夫人のところに行く。危機が迫り、彼女は慌しく出発しようとしていた。一通の手紙を彼女は彼に手渡す。彼女の夫に彼の父親が宛てたその手紙には、人間としての責任を全うする覚悟と、息子への愛が綴られていた。彼は家に帰り、決意してスウィング・キッズの身支度を整える。
　カフェのフロアで一人激しく踊る彼。外に軍用トラックが止まり、ヒトラー・ユーゲントがホールに突入する。逃げ惑う人々。彼は捕まり、軍用トラックに乗せられる。それを追う彼の弟。その弟に向かって彼は叫ぶ。「大丈夫だ、心配するな。スウィング万歳」
　多くのスウィング・キッズは収容所や軍隊に送られ死んだ。だが反ナチ運動は次第に実を結び、ついにナチは滅びた。

　「何弾いてるの」
　隣の部屋から妻の声がした。
　「ジャズ」
　「全然曲になってない」
　「そうかなー」
　私はＣＤの演奏を思い浮かべ、拍を確かめる。
　「もう一回弾いてみて」
　黙って聞いていられなくなったのか、彼女が乗り出してきた。
　「間違ったからってやり直さない」
　「はい」
　「そこは半拍休み」
　「はい」
　五十歳を過ぎ、上達ははかばかしくなかったが、好きなだけ音楽に触れられる時代の幸せを思うのだった。

　１９９３年　アメリカ映画
　監督　トーマス・カーター